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九州大学大学院農学研究院
農業資源経済学部門
環境生命経済学研究室
教授 矢部 光保
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研究活動

研究活動の概要

 我が国や欧米、アジア諸国を対象に、食料、農業、環境、生物多様性、バイオマス、再生可能エネルギー、健康をキーワードに多様な研究を行っています。環境や生物多様性は、価格がないため、最適な供給量と需要量が把握しにくいものです。そのため、過剰な利用によって資源の枯渇や破壊がしばしば起こります。

 そこで、需要側面からは、環境や生物多様性などの価値を明らかにするため、表明選好法などの手法を用いて、経済的価値を評価する研究を行っています。また、感染症予防プログラムの便益評価など、健康な社会を構築するための研究も行っています。他方、供給側面からは、生物多様性や美しい景観、伝統的構築物の保全など、農林業のもつ多面的機能の維持・発揮のための政策的研究を行っています。また、放置すれば環境汚染や地球温暖化の原因となる有機性廃棄物のリサイクル、あるいは小水力発電やバイオ燃料などの再生可能エネルギーの供給に関する制度的・実証的研究も、我が国と東アジア諸国を対象に行っています。現在実施中のプロジェクトを中心に、以下、より詳しく紹介します。

 主な活動内容

1. 先進国・東アジア諸国における農業環境政策

1)市場メカニズムを利用した生物多様性の保全

2)世界農業遺産など農文化システムの保全政策に関する研究

 

2. 東アジア諸国におけるバイオマス循環・再生可能エネルギー・温室効果ガス排出削減に関する研究

1)有機性廃棄物の循環利用に関するコベネフィット研究

2)バイオエネルギーの政策展開に関する研究

 

3. 健康な社会と持続可能な開発に関する研究

1)フィリピンにおける感染症予防プロジェクトの経済効果

2)東南アジア諸国における農業生産性の改善と農村開発

 

4. 新しい価値をもつ農産物の市場評価研究

1)生き物ブランド

2)環境に配慮した農産物の価格形成

 

研究活動の紹介

◎自立分散型エネルギー社会の構築に向けたバイオマス資源の循環利用に関する研究

 輸入食料・飼料由来の窒素を我が国の農地に還元するには、全農地面積の2倍が必要であると言われていました。しかし、有機性廃棄物の発酵過程で窒素は揮散するため、我々の試算では、堆肥や有機液肥を全量農地還元しても必要面積は全農地の80%に過ぎません。したがって、有機性廃棄物の農地還元は、一層の推進が可能であり、肥料の持続的供給にも資するものです。 

 しかしながら、肥料として有効な家畜ふん尿やし尿、食物残渣等の発酵消化液の大半は利用されず、膨大な費用とエネルギーをかけて処理され、再資源化施設や畜産経営等の採算性を悪化させています。また、2012 年に我が国でも再生可能エネルギーの固定価格買取制度が導入されましたが、93.5%は太陽光発電で、メタンガス発電は全発電施設容量の0.02%に過ぎず、既に7,000基以上のメタン発酵施設が導入されているドイツとは対照的です。それゆえ、再生可能エネルギー利用も含め、水分含有量の高い有機性廃棄物のリサイクル・ループ構築の要は、発酵消化液の浄化処理から液肥利用への転換であると考えます。

 そこで、このような問題意識に立って、我々はメタン醗酵消化液の液肥利用研究に取り組み、既存研究も踏まえ、我が国の水田地帯で液肥利用が進まない理由として、①高コスト、悪臭、成分不均一、②散布農地の確保問題、③液肥栽培技術に関する耕種農家への情報不足、④住民や農家が液肥に持つ否定的イメージ、⑤家畜ふん尿の偏在と濃縮・減量技術の未実用化、⑥残留抗生物質等による安全性の懸念、⑦有機認証が得られないことによる不利な価格形成等が挙げられることを明らかにしてきました。 

 他方、国内外の研究者・企業家との研究交流を通して、上述の問題に対する解決策が見えてきています。例えば、韓国では、液肥散布事業者に対する28、000ウォン(約2、500円)/haの助成金や技術指導等により、豚ふん尿原料を中心に年間液肥利用量は数100万トンに上っています。このことは、小規模水田作であっても、適切な政策と技術の融合によって、液肥利用の普及・拡大は可能であることを意味します。本研究では、液肥利用の政策立案と社会技術の視点から、日韓比較研究を行い、同じ小規模水田作という条件でありながら、両国で液肥利用に大きな違いができた制度的、社会的、技術的要因の解明を目指します。そして、液肥利用の拡大に向けた耕畜連携政策や湿潤系バイオマスによる再生可能エネルギー政策への提言を行うものです。

◎多様な主体の参画・連携による生物多様性保全活動促進のための政策的支援に関する研究

 環境保全型農業は生物多様性の保全や向上に繋がることが明らかとなっていますが、このような農業を通じた生物多様性保全はその多くを農業者に負っています。農林水産省生物多様性戦略においても、生物多様性をより重視した農林水産業、それを支える農山漁村の更なる活性化が求められています。しかし、高齢化や過疎化、都市部への人口流出など農業・農村地域を取り巻く現状は非常に厳しい状況にあります。それゆえ、地域住民や農村地域内外の企業・NPOなど民間主体の参画・連携を進め、農業・農村の振興と生物多様性保全の両立に資する取組みを拡大させることが急務となっています。そのため、NPOや企業など多様な主体の参加によるボランティア活動、地域ブランド化や6次産業化による農山漁村の活性化に向けた取り組みが徐々に広がっており、このような取組みを全国各地により一層広げていくことが不可欠と考えます。

 ここで、これまでの我が国の農業環境政策をみると、2014年度から多面的機能支払交付金が導入され、2015年度に法制化されるなど、生物多様性保全や農業・農村地域の環境保全等を目的とするものも見受けられるようになっています。しかし、我が国の厳しい財政事情を鑑みれば、補助金による継続な支援には限界があり、非補助金型の持続可能な支援策を検討することも重要と言えます。

 また、国民の行政施策に対する目が厳しさを増している昨今、国民への説明責任(accountability)を果たすという意味からも、農業従事者やNPO等による取組み、あるいは行政支援がどれほどの効果・成果につながったのか明らかにしていく必要性も高まっています。それゆえ、生物多様性保全のための計画策定から実施後のチェック、計画の修正に至るPDCAサイクルの導入や、取組みの成否における不確実性を考慮した順応的管理(Adaptive Management)の適用が望ましいと考えます。これにより、目標達成に向けた継続的な管理手法の改善が期待できます。

 そこで、本研究では、多様な主体の参画・協力下で進められている環境保全型農業による生物多様性保全事例を調査分析し、農村内外の多様な主体のマッチング推進と、環境保全型農業を通じた生物多様性保全の政策支援オプションの提案やPDCAサイクルによる結果のフィードバックを行い、取組みの成果を確認できる仕組みを検討しています。

◎エシカル消費による環境保全型農業飛躍のための社会的支援と制度構築に関する研究

 環境保全型農業をより一層推進し飛躍させるために農業生産を安定させつつ、我が国における生物多様性の保全を更に推進することが求められています。そのためには、従来のような政府からの補助金に過度に依存する支援策ではなく、市場メカニズムを活用した新たな方法、なかでも人々の消費行動が生物多様性の保全につながるような仕組みが必要とされています。生態系から便益を享受する消費者にその内容や規模に応じた対価を支払ってもらうことで、生態系保全による外部経済効果を市場に内部化する手段である「生態系サービスへの支払い」(Payment for Ecosystem Service:PES)を取り入れた商品はその一つです。

 しかし、生態系サービスへの支払いを組み込んだ商品は市場流通量全体から見ればごく僅かに過ぎず、人々の市場行動を通して社会全体で生物多様性の保全を図れているとは言い難い状況にあります。また、「どのような物が」「どのようにして」「どの程度」生物多様性の保全に貢献するのか具体的な情報が消費者に提供されていないことや、商品を生産する農業従事者も「どのようにすれば生物多様性の保全に貢献できるのか」「どのようにして消費者側に発信すればよいのか」「どの程度の需要やニーズがあるのか」情報が不足しているのが、我が国の現状と言えます。

 これに対し、欧米諸国では、自己だけでなく社会や地球全体まで考慮に入れた「倫理的に正しい消費」(エシカル消費:Ethical Consumption)、すなわち、環境や社会に配慮した工程・流通で製造された商品を選択し、そうでないものは選択しないことで、環境保全を含めた社会貢献を行おうという活動や取り組みが進んでいます。具体的には、オーガニック(有機栽培)など環境に配慮した商品や、フェアトレード(発展途上国で生産された農産物や製品を適正な価格で購入することで、立場的に弱い途上国の生産者や労働者の生活改善および自立を目指す貿易上の仕組み)、寄付付き商品やサービスの購入、それらの取り組みを積極的に行う企業への投資などがその例です。このように、欧州諸国では社会全体、とりわけ消費者自らが環境保全を含めた社会貢献を行おうという活動が盛んとなっています。

 他方、我が国でも2011 年3月11 日の東日本大震災を機に、「被災地を何らかの形で応援したい」「社会のために何か役立ちたい」という想いを抱き、被災地である宮城県三陸地域や福島県産の商品を積極的に購入・消費することで当該地域の復興を支援しようという「復興応援消費」が見られたように、自己の効用最大化を図るという利己的な消費者だけでなく、「社会に貢献したい」という利他的な効用を求める消費者の姿が見られるようになっています。

 このような社会的兆候に関し、食や農という観点から、消費者自らが消費行動を介して環境保全型農業の実践者を応援し、消費者・生産者ともに生物多様性保全をはじめとする社会貢献を実感できる社会的な制度や取り組み、ネットワークを構築することで、補助金に依存しない独立型の環境保全型農業推進策とその在り方を考えるのが本研究の目的です。

◎歴史的農業遺産の保全政策に関する研究

 伝統的な農村景観や多様な動植物、農村独特の文化、伝承技術など、これら有形・無形の農業遺産は、農業と生物多様性・生活・歴史が一体となった農文化システム(agri-cultural system)によって維持・継承されてきました。しかしながら、我が国では、農業の近代化、農村人口の減少と高齢化、生活様式の多様化などによって、地域特有の農文化システムは弱体化し、喪失の危機に瀕しています。そして、これらは、一度失われると、その再生が困難か再生不可能なものが大半です。

 ここで、我が国の既存の農業環境政策を眺めるとき、農文化システムに関係する制度として、「中山間地域等直接支払制度」や共同活動支援に特化した「農地・水保全管理支払交付金」(旧農地・水・環境保全向上対策)、あるいは環境保全的視点から営農を支援する「環境保全型農業直接支援対策」があります。しかしながら、既存の制度では、それぞれの制度の趣旨から、農文化システムの個々の構成要素には注目しているところもありますが、農文化システムを全体として継承させるには不十分です。したがって、我が国独自の貴重な伝統的景観、生物、農村文化の喪失を押しとどめ、歴史的農業構築物を保全するための制度構築とそれに向けた政策展開が急務となっています。

 そのような中、国際連合食糧農業機関(FAO)が認定を行う世界重要農業遺産システム(Globally Important Agricultural Heritage Systems)(以下、世界農業遺産)が2002年に創設されました。その目的は、地域環境を生かした伝統的農法や生物多様性が守られた土地利用システム、それによる知識や文化を次世代に継承することにあります。世界農業遺産は、これまで途上国で認定されてきましたが、2011年に先進国で初めて、我が国の能登と佐渡が認定されました。能登では、1千枚を超える棚田が並ぶ「千枚田」など、人の手が適度に入ることで保たれる「里山」が能登半島に点在し、海女漁や揚げ浜式製塩など海の恵みを生かす「里海」文化も継承している点が評価されました。佐渡は国の特別天然記念物トキをはじめ、多様な生物を育む水田づくりが認められたものです。

 このような世界農業遺産への登録は、農文化システムの継承に貢献することはもちろん、未登録地においても、その登録を目指す過程で、地域独特の農文化システムの再発見、関係者の連携強化、さらにグリーンツーリズムの核になるなど地域振興への波及効果も期待できます。したがって、我が国の農業・農村における世界農業遺産の登録とその活用に向けた制度構築と政策展開を通して、我が国の独創的な農文化システムが継承され進化して、他地域にも伝搬して行くことを本研究の目的として行っています。

◎有機性廃棄物の循環利用に関するコベネフィット研究

 地球温暖化対策に対し、温室効果ガス(GHG)の国内削減には限界があります。他方、中国では、大規模養豚の糞尿投棄に起因する深刻な水質汚染が社会問題化しているものの、水質浄化研究が主流で問題の本質的解決に至っていないのが実情です。しかしながら、汚染源対策として、我が国の先進的な液肥利用技術をクリーン開発メカニズム(CDM)と共に導入するならば、事業の経済性が向上するとともに、水質汚染防止、生態系保全はもとより、養豚糞尿は安価な液肥として利用され、緑色農産物の生産に資するなど農家所得向上にも貢献するというコベネフィット(Co-benefit)効果を有します。

 そこで、本研究では、JICAプロジェクトと連動しながら、太湖近隣の江蘇省金壇市を対象に、CDMとリンクした汚染防止対策について、最新の分析手法を用い環境と経済の側面から総合的に評価・研究するとともに、オランダ、フランス、英国などの液肥利用を巡る現状と課題を明らかにしました。

 また、家畜糞尿に加え、食品産業や飲食店からの残渣、一般家庭からの生ゴミ、し尿や浄化槽・下水道汚泥等の有機性廃棄物の循環利用も重要な課題となります。なぜなら、経済成長が活発で、人口増加と都市への集中が進むアジア諸国おいて、これら有機性廃棄物の堆肥化・液肥化は、以下の効果が期待できるからです。すなわち、廃棄物処理エネルギーの削減と処理コストの低減、メタン等温室効果ガスの排出抑制、有限な化学肥料原料の節減と農家経済の改善、不法投棄による環境汚染の対処等の多様な効果です。そこで、自然科学の研究者と連携しながら研究を行い、その研究成果の一部は、矢部光保編著 高水分バイオマスの液肥利用環境影響評と日中の比較筑波書房、2014 に取りまとめました。

◎バイオ燃料の政策展開に関する研究

 再生可能なバイオマス資源について、エネルギー利用の側面を中心に研究を進めていますが、特に、主食用利用を超えたコメをバイオマス資源として捉え、地域振興とそのための政策措置の視点から、コメのバイオ燃料原料に向けた多用途・多段階利用の可能性を検討しています。

コメの多様途・多段階(カスケード)利用

 コメは、主食用米だけでなく、多収量の多用途米を栽培することにより、エサ米、飼料イネ、バイオ燃料用米としての用途が広がります。

 例えば、コメの最も経済価値の高い利用法は、薬用、化粧品、機能性食品などです。アロマセラピーに利用される無水アルコールは100mlが1,000円で販売されており、130円/Lの燃料用バイオエタノールと比較すれば、その市場価格差は約77倍です。次いで、価格が高いのは、主食用利用で、農家段階での売買価格で1キロ200円~400円程度となります。さらに、廃棄された備蓄米から樹脂を作り、弁当容器、ゴミ袋、トレーなどを製造するマテリアル利用があります。そして、家畜飼料としてのコメの利用があり、鶏の餌用米では玄米1キロ50円程度で取引きされます。最後にコメの燃料・エネルギー利用があり、採算ベースにのるためにはコメ1キロの取引価格は20円~30円程度となります。

 多段階(カスケード)利用により、収益性が高まります。このカスケード利用とは、資源を1回だけ使うのではなく、ある使用によって性質が変わった資源や、その際に出る廃棄物を別の用途に使用することです。例えば、コメからバイオエタノールを生産する場合、固形残渣は家畜飼料として利用し、液体残渣からはバイオガスを取り出して熱源とし、最後に残る汚泥や消化液は液肥として利用することなどです。このカスケード利用は、収益性の改善はもとより、エネルギー収支の視点からも重要と考えます。なぜなら、コメ生産に関するエネルギーの負担が、多様な生産物に分散され、全エネルギーがバイオエタノール生産のみに投入される必要がなくなるからです。

「食料か燃料か」の議論

 2008年の夏は、過去最高の原油高もあり、穀物のバイオ燃料化に対して、「食料か燃料か」という議論が頻繁に起こっていました。しかしながら、少なくとも我が国のコメに対しては、「食料か燃料か」という問いかけは、適切ではないと思います。なぜなら、米からのバイオエタノール生産は、主食用に利用できない休耕・耕作放棄地や、湿田であるため転作物の生産が困難な土地を有効活用して多収量米を栽培し、生産されたコメは飼料に回し、最後に余ったコメをエタノール生産に仕向けるものですから、主食用のコメの需要と競合するものではないと考えます。むしろ、我が国においては、多収量米の生産は、食料自給率の向上、食料とエネルギーの安全保障、さらに地域振興にも資すると言えます。

多面的機能の維持発揮

 水田農業には、米生産以外に、国土の保全、水源のかん養、自然環境の保全、良好な景観の形成、文化の伝承など、多面的機能があることは、既に述べてきましたた。食料・農業・農村基本法では、第 2 の基本理念として「農業のもつ多面的機能の発揮」が掲げられているものの、多面的機能の提供者である農家に対しては、十分な対価が支払われていません。そのため、水田の休耕・耕作放棄が進み、貴重な多面的機能が年々失われています。しかし、バイオ原料用米の生産は、多面的機能の発揮とそれによる地域社会の活性化にも貢献できます。ただし、多面的機能の発揮によって農村環境保全政策を推進している EU 諸国の環境支払制度と比較するとき、我が国の環境支払制度は、取組メニューの拡充、専門家の指導に基づく活動、補助金の増額など改善の余地は大いにあります。そのため、バイオ原料用米の生産においても、多面的機能の一層の発揮も視野に入れ、環境支払制度を拡充しつつ、政策支援を実施することが必要と考えます。

制度的側面 

 ここで、他の先進国の動向を眺めるとき、これら諸国では、バイオエタノールのガソリンへの混合が義務化され、並行して高濃度のバイオ燃料の販売が定着し、さらには混合率を引き上げる方向に向かっています。しかし日本においては、3%義務化すら実施されておらず、諸外国に比べその流通制度が大幅に遅れています。バイオエタノールの利用拡大のためには、まず E3(バイオエタノールを 3%混合したガソリン)の販売を義務化することが前提条件と考えます。

 また、国産バイオエタノールの混合に必要な基材ガソリンの調達については、現在のところ、沖縄の精製会社か、輸入に依存するしか手段がなく、物流上の制約と時間的・エネルギー的・労力的・経費的損失が大きいと言えます。今後、蒸気圧規格の規制緩和地域を設けるなど、国内石油元売各社から基材ガソリンを問題なく調達できる措置を講じることが、国産バイオ燃料普及の条件と考えます。

 さらに、バイオ原料用のコメの生産は農林水産省、エタノールやガソリンの製造販売は経済産業省、過疎地域振興は総務省のように、担当省庁が分かれています。そのため、省庁の枠を超えた、統一的な再生可能エネルギー政策が必要と考えます。本研究の成果の一部は、矢部光保両角和夫編著コメのバイオ燃料化と地域振興エネルギー食料環境問題への挑筑波書房、2010に取りまとめられています。

◎フィリピンにおける感染症予防プログラム

 レプトスピラ感染症は、発熱、筋肉痛、黄疸、腎不全、肺出血をきたす細菌感染症で、フィリピンはその流行国の1つです。そこで、このプロジェクト研究では、フィリピンのみならず、地球規模でのレプトスピラ感染症の予防とコントロールを目的とします。そのために、医学的視点からは、レプトスピラ感染の実態把握のための疫学調査を行い、早期診断・早期治療のための迅速診断キットおよび多様な血清型に対して有効なDNAワクチン開発や病態の解析と病原因子の研究により、発症メカニズムを明らかにするなどの研究を行いました。

 他方、本研究室では、社会科学的側面から以下の研究を実施しました。すなわち、レプトスピラ感染症の予防の重要性は明らかですが、どの程度まで限られた公的資金を投入じて感染症予防のプロジェクトを推進するのが望ましいのか、判断基準が明確ではありません。特に、レプトスピラ感染者は、マニラの場合、低所得のバランガイ居住者が多いため、彼らの要求は大きな声になりにくいのが実態です。そこで、レプトスピラ感染症の予防プログラムの便益を評価し、予防プログラムの費用便益分析を行って、適正な公的予算支出の判断材料を提供しました。

 また、レプトスピラに感染した場合、速やかに診断が下されて大事に至らなかったケースと、いくつもの病院を回されて多額の医療費を支払ったにも拘わらず手遅れで死亡するケースなどがあります。そこで、より望ましい診断システムや医療制度の改善に貢献するため、感染者を対象に、どの病院を選択して、いかなる治療を受けてきたのかを明らかにしました。本研究の成果の一部は、Mitsuyasu Yabe, Hisako Nomura, Joseph M. Arbiol, Maxima R. Quijano, Maridel P. Borja, Nina G. Gloriani, and Shin-ichi Yoshida, Socioeconomic Study on the Burden of Leptospirosis, Kyushu University Press, 2014 に取りまとめられています。

◎東南アジア諸国における農業生産性の改善と農村開発

 研究室の修士、博士課程には、毎年5名~10名程度のアジア諸国からの留学生が在籍しています。彼らの研究テーマは、母国における農林水産業の生産性の向上、農村開発に伴う様々な社会的不平等や環境破壊の防止、経済成長がもたらす環境汚染の影響と対処など、多様です。博士課程の学生であれば、自ら国際的な研究資金へ応募し、研究資金を得て研究が進められるよう指導しており、これら競争的資金を獲得して研究を実施しています。